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 生月学講座 No.057「風止めの願立て・願成就」

 殉教聖地・中江ノ島は、元和八年(一六二二)や寛永元年(一六二四)に、当時平戸地方で潜行布教をしていたカミロ神父を助けた信徒を処刑した場所として、当時の宣教師の報告にも記載されています。以来、生月のかくれキリシタン信徒にとっては最高の聖地として信仰されています。例えば今日でも、病気平癒の願などを中江ノ島に対して立てていますし、御崎の人のお話によると、戦争中には兵役を避ける祈願や、無事兵役を終えるための願を立てていたそうです。
 また中江ノ島といえば、行事に用いる聖水・お水を採取する場所として重要な場所です。オラショ(ゴショウ)を唱えると、熱く乾いた岩肌からでもお水がしみ出てくるというもので、この信仰の神秘の一つとされています。壱部や堺目では、手持ちのお水が少なくなった時に、臨時に中江ノ島に渡って「お水取り」を行っていますが、その他に、新船のお祝いで中江ノ島に詣る時に一緒にお水取りをする事も多く、その時お水が出ないと、願が通っていないような気持ちになるそうです。しかし元触では、お水は昔から上場のカワ(湧水)などで取っていたそうです。
 山田では、毎年、初夏と晩秋に行う「風止めの願立て」「風止めの願成就」行事の時に、中江ノ島に渡ってお水取りの行事を行ってきました。しかしこの行事のように、山田中の御爺役、親父役が集まる三触寄りの行事は、今年までて廃止されることになったため、十月二日に行われた風止めの願成就が、最後の行事となりました。
 山田の風止めの願立ては、田植え後に行われる、稲に害をなす大風を避ける祈願の行事であり、風止めの願成就は、秋の収穫後、風の害を避けられた事を感謝する行事です。
 当日の朝8時ごろ、農協支所の会議室に御爺役と親父役が集合した後、チャーターした大敷網の船で中江ノ島に渡ります。行きがけの船の中では、中江ノ島に向かって座り、半座のオラショを唱えます。途中で櫓漕ぎの伝馬船に乗り換えて上陸し、祭場である断崖の裂け目の前に着くと、蝋燭を立てて供物を供え、水がしみ出しそうな岩の裂け目に、茅の茎の一方を刺し、もう一方を一升瓶の口に入れて、お水を受けるようにします。準備が終わると、一同は石浜の上に正座し、四十分程かけて一座のオラショを唱えます。唱え終わると、オゴク(御飯)やスルメをいただき、瓶にたまったお水を回収して戻ります。
 舘浦に戻ると二手に分かれ、旋網会社の事務所や社長宅にそれぞれ宿を取って、そこで一座のオラショを唱えます。唱え終わると、殉教地の千人塚と、比売神社の下にある恵比須様に供物を届け、そのあと宿に戻って昼食をいただきます。
 午後には、御爺役、親父役らの家の中から決めていた宿に移ります。座敷の中央に蝋燭を立て、そのまわりに車座に座って一座のオラショを唱えます。その後宴席となりますが、一通り杯のやりとりを行った後、御前様の唄(グルリヨーザ)、サンジュワン様の唄、ダンジク様の唄が唄われます。さらに続けてお唄い(ヨイヤサ)が唄われ、無礼講となります。昔は、行事が終わって他の触の者が帰った後、自分の触の御爺役と親父役が残って、半座のオラショを唱えて帰ったそうです。