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 生月学講座 No.022「蔵人の仕事」

 昨年の連載「杜氏の島」でも少し触れましたが、最近『大吟醸』という酒造りの写真集を出された河野裕昭氏が、生月の杜氏について話を伺うのに同行させていただき、蔵人の仕事について聞く事が出来たので、それについて紹介します。
 生月島は、長崎県内では小値賀島と並び、北部九州一円の酒蔵に、酒造りに従事する職人を多く出してきました。いつ頃から酒造りの出稼ぎが始まったか分かりませんが、昭和初期には農家の出稼ぎ先として、冬は酒造り、夏は積石工というのが定番となっていました。加場安吉郎さんによると、酒造りに行き始めた昭和一三年頃、生月には酒造りの責任者である杜氏さんが七~八人程おり、彼らの引きで早ければ小学校を卒業すると、酒屋に蔵男(蔵子)として入ったそうです。一一月の初め、稲刈りが終わる頃に蔵入りとなりますが、酒蔵に出かける前には願立てといい、杜氏が一緒に行く蔵男を自宅に寄せ、一同氏神様に参って酒がきちんと出来るよう祈願したあと、杜氏の家で宴会をしました。出かける時は作業着や藁草履とともに、行事用の一張羅の着物も柳行李に入れたそうです。
酒蔵に着き、一同で入り込み(造り始め、甑起こしとも言う)の行事を終えると、いよいよ酒造りが始まります。半仕舞いで造る比較的小さな規模の酒蔵では杜氏を含め七~八人の規模ですが、大きな酒屋では蔵も複数あり、二〇人以上の人が働いていたため、小値賀島や肥前町(佐賀県)、柳川などから来た蔵人とも一緒に働きました。
まず最初に精米した米をよく洗って、水に浸して吸わせます。精米は米の表面に多い糠を削る作業で専門の人が行いますが、普通の酒は三割程度ですが、品評会に出す吟醸酒の場合六割以上削ります。水を吸わせるのも秒単位の微妙な作業です。その後米を蒸します。
 蒸した米を用い、米の澱粉をブドウ糖に変える働きをする麹と、糖分からアルコールを造る酵母を増殖させた酒母(もと)を作りますが、温度や湿度の管理に大変注意します。そして酒母に蒸米、麹、水を初添え、中添え、留添えの三段で仕込み、出来た「もろみ」で糖化と発酵を同時に行っていきます。充分にアルコール分が出たところで、もろみを酒袋に入れて絞り、液体の酒と固体の酒粕に分離しますが、酒の方は一週間ほどそのままにして、滓引といい固形分を沈殿して取り除きます。そのあとろ過し、いくつかの樽で出来た酒を混ぜ合わせ、火入れという六五度程での低温殺菌を行い、熟成させて出荷します。
戦前から五六年の蔵人経験を持つ加場さんによると、酒蔵では毎日の起床は早朝三時でしたが、昔は泡番といい、一二時まで起きて発酵中のもろみから湧き出る泡を取り除く役が、三日に一度回ってくるのが辛かったそうです。しかも泡番をしていて居眠りすると、泡が仕込み桶から溢れてそこら中泡だらけになり、掃除が大変だったそうです。また三度の食事は賄いさんが作り、御飯を腹一杯食べられるのもこの仕事の魅力だったそうです。
 酒造期は火入れの作業が終わる三月末頃に終わります。池田光次さんや松山鮎蔵さんの話では、生月の人が多く働いていた佐賀の天吹酒造の造り仕舞い(甑倒し)の行事では、太鼓を叩いて堺目のヨイヤサを唄い、小売店や取引先の他に地元の町長にも来て貰って盛大に宴会をしたそうです。生月に帰ってくると、一同で氏神様にお参りして願成就を感謝し、杜氏の家で宴会をしました。終わると、麦刈りや苗代仕事が待っていました。
                               (2001年7月)