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 生月学講座 No.015「おくんちの御神幸」

 9月に入ると、北松地域の各地の神社で秋の例大祭「おくんち」が行われます。生月島では現在でも旧暦で祭日を決めていますが、旧暦9月9日が白山神社(浦くんち)、同13日が住吉神社(里くんち、田舎くんち)、同18日が比売神社の祭日となっています。どの祭りも、前夜に宵の祭りが行われ、当日に神輿の御神幸が行われます。御巡幸は、神社から神輿に神霊をお移しして、氏子が住む地域を巡る行事で、途中の御旅所という神輿を仮に安置してお休みする場所で神事が行われ、神楽も奉納されます。
壱部と壱部浦の鎮守である白山神社の御巡幸は、神社を出発して浦北の恵比須様、尾崎屋回漕店の前(旧波戸)、漁協選魚場、旧渡船待合所(旧波戸)、浦南の恵比須様、商工会前の埋立地(旧波戸)、農協と来て、在部に上って壱部多目的集会所を回って神社に戻ります。以前、波戸があった所が御旅所となっていて、神官さんに差し掛けられる大きな傘があるのが特徴です。
堺目と元触の鎮守である住吉神社の御神幸は、神社を出発して、商工会前の埋立地で休み、バス通りを上って元触公民館で休み、その後は堺目公民館、農協、浦北の恵比須様(元は波戸の所で)、尾崎回漕店の前、漁協選魚場、旧渡船待合所、浦南の恵比須様と回って神社に戻ります。途中、猿田彦(ハナタゴ)やウズメ(ビッシャゲ)が子供達を追いかけますが、昔は子供もトベラの実を投げて反撃したそうです。
山田と舘浦の鎮守である比売神社の御神幸は、神社を出発して舘浦を南に下り、漁協前でまずお休みします。そして千人塚と農協前でお休みし、バス道を上って日草のコセンジという場所でお休みし、引き返して神社に戻ります。千人塚はキリシタンの殉教者が埋められたと伝えられる聖地です。コセンジの地名の由来は「古戦場」から来たとも言われていますが、海側の道脇に神輿を安置すると、その向こうに中江ノ島が見通せるのも気になります。なお田北耕也氏が記した『昭和時代の潜伏キリシタン』によると、昔は潮見の殉教聖地・八体様が御旅所だったとあり、後に千人塚に移ったそうです。
 周辺地域でも、各地で特徴的な「おくんち」の行事が行われています。平戸島の南端の志自伎神社は、平安時代初期に編纂された「延喜式」という史料に既に名前が記されている古社で、上宮、中宮、辺都宮、沖都宮の4社から成ります。ここの御神幸は宵祭りで宮ノ浦湾の小島にある沖都宮から山麓にある辺都宮(地の宮)に移り、本祭が終わると沖都宮に戻る形ですが、神輿は2人でも担げる程小さなもので、初期の御神幸の姿を留めているように思えます。一方、的山大島の神浦の天降神社の御神幸は、狭い神浦集落の中を今も神輿を担いで巡っていますが、和船巾着網が盛んな頃は、網船に神輿を積んで港を東から西に渡っていたそうです。また巡幸の道筋にあたる家では、表に幕を張ったり、道端に不浄よけの椎の木の枝(シバ)を置いたり、通りに面した部屋に祭壇を作って神輿を拝むなど、昔のおくんちの様子を窺い知る事ができます。