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 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」平戸市

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「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、12の構成資産からなる世界文化遺産で、17~19世紀にかけ長崎県と熊本・天草地方で、キリシタン禁教期に仏教や神道を併存させ、社会と共生しながらキリシタン信仰を守り続けた伝統が残る遺産群です。

〇平戸の聖地と集落「春日集落と安満岳」
「禁教時代に信仰を継承してきた集落」
 平戸島中部西岸にある春日は、島内最高峰で中世に密教寺院が存在した安満岳の麓の谷筋に開かれた集落です。谷奥には中世以降、拓かれた棚田が見事な景観を作っています。
 春日は戦国時代、籠手田安経の領地で、一斉改修が行われた永禄元年(1558)にキリシタンの集落となっています。宣教師の記録によると春日には、十字架と教会堂が建てられていますが、十字架の所在位置は、発掘調査でキリシタン特有の伸展葬墓群が見つかった「丸尾山」だと考えられます。また春日には、かくれキリシタン信仰の組も残っていましたが、キリシタン時代の慈悲の組に由来するものだと考えられます。
 慶長4年(1599)籠手田氏が長崎に退去すると、旧籠手田領ではキリシタン信仰が禁止され、寺院や神社が再建・建立されます。春日でも宝暦11年(1761)に三界萬霊塔が建立がされていますが、建立者は安満岳の法印光隆となっており、安満岳の仏教寺院の影響が認められます。海岸には春日神社が建立されていますが、こうした神仏の信仰と並行してかくれキリシタン信仰も存続し、かつて十字架が立っていた丸尾山を聖地とする意識も継承されています。
 春日は、キリシタンの布教初期に信仰が根付いた生月島、平戸島西岸のなかで、布教当時や禁教時代の景観や信仰に関する表象を良く残している場所として、構成資産となっています。

〇平戸の聖地と集落「中江ノ島」
「かくれキリシタンの聖地」
 徳川幕府の禁教後(1614)後、平戸、五島地方で密かに活動していたイエズス会のカミロ神父は、元和8年(1622)に逮捕され、平戸瀬戸に面した焼罪(田平)で火刑に処されます。神父を助けた生月島などの信者は生月島の東に浮かぶ無人島「中江ノ島」などで処刑され、2年後の寛永元年(1624)には彼らの家族も処刑されています。
 中江ノ島は生月島や春日のかくれキリシタン信仰の聖地とされ「サンジュワン様」と呼ばれています。お授け(洗礼)や病気直しのお祓いなどの際に用いる「お水(聖水)」は、信者が中江ノ島の断崖の前でオラショを唱える間に染み出てきた水を採取し、お水瓶という鶴首の壺に入れて大切に保管されます。
 聖水を大切に保管して病気直しの際などに用いるのは、キリシタン信仰の頃から続いてきた習俗です。特別な場所で聖水を採取するのも当時から習俗と考えられ、サンジュワン様という名称も、キリストに洗礼を授けた「洗礼者ヨハネ」のポルトガル語読みに由来すると思われます。
 中江ノ島は、キリシタン信仰当時の聖水に関係した聖地が、禁教時代に処刑地となった後、かくれキリシタン信仰の聖地として継承された場所であり、構成資産となっています。

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