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 生月学講座 No.079「かくれキリシタンのクリスマス行事」

 12月25日はイエス・キリストが誕生した日(クリスマス)であり、その前夜(クリスマス・イブ)とともにキリスト教の重要な祭日です。今から450年前、平戸地方にキリスト教(カトリック)が伝わった頃から、クリスマス(降誕祭)は盛大に祝われていました。1563年4月17日付のジョアン・フェルナンデス修道士の書簡には、次のような記述があります。「降誕祭の夜、平戸の教会は小さかったので、蓆を4、5枚敷いて拡張した。キリシタンらはなしうる限り盛大に祝祭を執り行なった。福音について2、3の説教があり、彼らは大半の時間、絶えずノアやアブラハム、シビルのことを歌っていた。ドナ・イザベル(キリシタン領主・籠手田安経の奥方)もキリシタンらも贈物をすることによりその日を大いに祝った。」また同修道士の1565年9月23日付書簡には、「同地(生月島)では司祭(カブラル神父)の同席を得てその祝祭(降誕祭)を行なうのは初めてのこと故、諸人の多大な歓喜と慰安を伴うものであった。彼らは教会でロザリオを用いて祈りを捧げ、同夜上演されたミステリオ劇について考えながら終夜過ごした。」と記されており、生月島で行われた降誕祭の様子を窺い知る事ができます。

 生月島のかくれキリシタン信仰の中でも、クリスマスは、津元・垣内という組の年中行事の中で重要な位置を占めており、昔は、御前様という御神体を箱から出して飾りました。行事日は冬至の前の日曜で、壱部、堺目、元触集落では当日を「御誕生」、前夜を「御産待ち」と呼び、親父役宅に役中が集まって行事を行います。山田集落では当日を「霜月お祝い」といい、その日だけ行事を行います。

 堺目の「御産待ち」「御誕生」行事の内容を紹介します。昔は御産待ちの十日前から、親父役夫婦は、牛の世話や汚れ物に触れる事をしなかったそうです。御産待ちの日の午後、親父役や役中が、焼山にある御堂に集まります。まず、一同でエレンジャ(非かくれ信者)が参加しても咎められないようにオラショを唱え、その後、御堂の祭壇に上中下三宿の御前様を飾り、神前に重ね餅を供えます。そうして一同で御前様に対してオラショを唱えたあと、酒肴や御飯・汁をいただきます。堺目下宿の御前様は無原罪の聖母を印したプラケット(大型のメダル)ですが、昔からお産の神様として名高く、以前は大勢の婦人達が安産祈願や願成就のためにお参りしていたそうです。

翌日の御誕生の行事には、朝、前日同様に御堂に集まり、最初にやはりエレンジャ祓いのオラショを唱えてから、親父役と御爺役が飾られていた三宿の御前様を箱に仕舞います。それが終わると一同でオラショを唱え、終わると酒肴をいただきます。

 堺目では、御誕生の1週間後に「御八日目様」という行事を行いますが、これは本来、幼子キリストが割礼を受けた日にあたると思われます。また壱部では御誕生の3日後を「」小供の祝日」としていますが、これはヘロデ大王が領内全ての嬰児を殺させた事に由来する、無睾聖嬰児の記念日にあたると考えられます。なお壱部における御産待ちの際には、役中が大根を持参します。大根は晩秋から冬にかけて盛んに収穫されますが、神様の供物とする習俗は全国的に見られ、キリシタン信仰の中に日本の習俗が取り入れられた形と見ることが出来そうです。