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 生月学講座 No.168 「サナボリ」

 生月島の在部(イナカ)では田植えが終わった時に宴会を行いますが、それをサナボリ祝いと言います(訛りでサノボリ、サナブリと聞こえる事もあります)。壱部では昔、親戚同士で加勢し合って田植えを行いました。山下伸代さんの話では、自分の家の田の田植えを行う時には、午前3時頃から起きて、昼御飯として団子、塩鯖、お握りなどを作り、ノートコ(苗床)から苗を取り、6時頃出かけ、皆で並んで手植えをして、昼には田で加勢人もあわせて食事を取りました。加勢し合う分の田植えも含めると何日かかかりますが、自分の家の田の田植えが終わると、晩に加勢人も呼んでサナボリ祝いの宴会をしました。なおサナボリ祝いの際には、きれいな苗を選って括り荒神様の棚に供えました。また他の方の話では、荒神様の棚に供える時、「お荒神様、サナボリしました。豊作して下さい」と言って苗を荒神棚に供え、苗は年の暮れの大掃除の時に下げて焼いたそうです。
 サナボリ祝いの起源やサナボリの語源について、民俗学者の柳田國男は「農業と言葉」(昭和11年)の中で、次のように述べています。
「村の田植の全膿に完了した日は、泥洗ひ・澁落しなどと称して、ただの休養飽食の日の如く、解せられて居る例も無いではないが、全國面積の三分の二は、今以て此機會に家の神を祭り、又この日をサノボリと呼んで居る。サノボリは土地によつてサナゴ・サナブリなどと發音するので、或ひは早苗振の意といふ類の解説も始まつたが、一方是に封する田植開始の日を、サビラキ.サイケ又はサオリと謂ふ處も少なくないことによつて、始めて皐月・早苗・五月雨等のサが、田植の際に降り昇りたまふ神の名であつたことを知り得るのである。殊に其中でもサオリといふ語は、千葉縣の東部と四國の北岸と、沖縄の群島とに現存して居て、そこでは共に苗探りの第一日を、サの降りたまふ日として居るのだから、最終の日がサの昇りの日の意であつたことが、明らかになつたわけである。」
 この中で柳田は、サを田の神、サノ(ナ)ボリはサ(田の神)が水田から離れる(昇る)日という解釈をしていますが、少し穿ちすぎの解釈のような気がします。生月島壱部のかくれキリシタン行事「六ヶ所寄り」の際に行なわれる「作のサービャー除け」の祈祷の「サービャー」とはサのハエ、つまり稲に付く小羽虫(ウンカ)の事を指します。またこのサービャーを追い払うために生月島で初夏に行なわれる、藁人形を担いで田を回り、最後に海に流す「サネモリ様の祭」で、サービャーを退治する神様の人形「サネモリ」は、まだ小さい状態(苗)のサを守る(神様)という意味(サ苗守り)に由来すると思われます。つまり「サ」とは生きている稲という植物そのものを呼ぶ言葉だと考えられます。そのように捉えると、サツキ(五月、※旧暦)は田植えなどサの作業で忙しい月である事に由来し、サオトメ(五月女)はサを植える乙女で、サミダレ(五月雨)は表意の漢字ではサツキの雨という事になりますが、読みのサミダレは植わったサ(稲苗)を乱れさせる雨という意味になります。そしてサナボリについては、柳田の意見と異なりサナブリの方が本来で(サナボリ、サノボリが訛り)、サを手でなぶる、すなわち田植えを指す言葉だと考えられます。柳田が例にあげたサビラキはサの田を使い始める事、サイケ、サオリはサをイケ(埋め)たり田に下ろす事に由来する言葉ではないでしょうか。(2017.7)