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 生月学講座 No.135「聖水の採取と保持」

 生月島や平戸島西岸のかくれキリシタン信仰では、聖水を「お水」と呼び、それを収めた鶴首の壺を信仰対象とし、お授け(洗礼)や戻し(葬儀)、屋祓い、野祓いなどの行事に用います。生月島の壱部、堺目、元触(上川垣内)、山田、平戸島の春日集落では、生月島の東にある無人島・中江ノ島で「お水」を採取しています。同島は「お迎え様」「サンジュワン様」と呼ばれ、元和8年(1622)と寛永元年(1624)にキリシタン信者の処刑(殉教)地となった記録がありますが、それ以前から、キリストの洗礼を行った洗礼者ヨハネ(サンジュワン)に因んだ聖地としてキリシタン信者の信仰を集め、それ故聖水採取の場所になった事が考えられます。「お迎え」という言葉も従来、生月島の迎え(向かい)にある意味だと解釈されてきましたが、洗礼者ヨハネがキリストを「迎え」て、洗礼を授けた事に由来する可能性もあります。聖水を採取する行事である「お水取り」は、壱部、堺目、上川、春日集落では、信者が所有する「お水」が少なくなると随時行われますが、山田では、毎年6月頃と10月頃に行われる稲の風害を祈願する「風止めの願立て」「風止めの願成就」行事の中で「お水取り」が行われていました。ちなみに中世ヨーロッパで盛んに行われた聖地エルサレムの巡礼では、キリストが洗礼者ヨハネから洗礼を受けたヨルダン川も巡礼地となっていましたが、この川で採取した水は風を鎮める呪力があるとされており、生月島の風止め行事と通じる意識が確認されます。

 一方で、中江ノ島以外でも聖水採取が行われた例があります。1月16日に生月島西岸の海岸際の聖地で行われる「ダンジク様の御命日」の際には、聖地の裏の谷川の水を猪口で受け、行事の際に用いる聖水としました。平戸島西岸の根獅子では、集落の北外れにあるオロクニン様のカワと呼ばれる湧水で、元旦の早朝に水役が聖水を採取し行事で用いていて、生月島元触の辻、小場垣内では、生月島西岸の海岸近くにある湧水で採取し、収めた壺を「ゴアン様」と呼んで行事にも用い、信仰対象にしていました。

 他のかくれキリシタン地域の例を見ると、外海黒崎ではかつては聖地・枯松様の近くのマルバの井戸で汲んだという伝承がありますが、聞き取りでは家の井戸などで必要に応じて採取され、採取した聖水を神聖視する事もなく、使い余った聖水は不敬にならない場所に棄てていました。下天草今富では、水役宅の背後の谷川で汲んだそうです。

 こうした状況を見ると、キリシタン信仰の頃の聖水は、前期(1549〜80)には概ね集落近傍の決められた湧水で汲まれていて、容器に収めて神聖視されたようですが、中期中葉(1587〜1600)以降、聖人崇拝の広がりの中で、例えば洗礼者ヨハネの聖地となった中江ノ島で採取するような形が登場してきた事が考えられます。さらに禁教令(1614)以降になると、聖水を所持している事が信仰の露見に繋がる危険もあり、また信者の信仰意識の変化によって聖水の神聖視が古い信仰意識としてなされなくなった可能性もあって、聖水を特別の場所で採取したり、聖水を保持して神聖視するような事が行われなくなった可能性があるのです。2014.10