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 生月学講座 No.117「潮見神社と七郎神(1)」

 潮見神社は、生月島の南端・辰の瀬戸に面した海岸に社殿があります。昭和40年頃までは、海岸に向けて伸びた大きな松の木があり、子供会の夏のレクリェーションの場所にも、よく用いられていました。
 明治8年(1875)の『神社明細調帳』によると、潮見神社の主祭神は七郎皇子となっていて、「旧藩別段崇敬之社」だったとされています。同資料によると、平戸市域内には他にも「七郎」名を祭神とする神社があります。

○[場所]田助、[社名]鍇尾神社、[主祭神]七郎氏廣公ノ妻神、[相殿]猿田彦命
○[場所]平戸、[社名]七郎神社、[主祭神]七郎氏廣、[相殿]十城別命、鴨一隼戸命
○[場所]大志々伎、[社名]潮見神社、[主祭神]七郎氏廣、[相殿]十城別命、鴨一隼戸命

これらの神社の主祭神の名は「七郎氏廣」となっています。その中で平戸の七郎神社は明治13年(1880)に、松浦氏の祖廟である霊椿山神社、八幡神社、乙宮神社と合祀され、平戸城内の亀岡神社となっていますが、それ以前は宮ノ町の、現在スーパー「メルカド」がある付近にあった平戸の町の中心的な神社で、門前の広小路「宮の前」は戦国時代、異国の商人と日本商人の交易の場(市)となっていました。この神社も「旧藩別段崇敬之社」と記されています。伊万里湾岸にも七郎神を祀る神社が存在します。

○[場所]御厨里村、[社名]七郎神社、[主祭神]七郎氏廣
○[場所]青島、[社名]七郎神社、[主祭神]七郎氏廣
○[場所]福島、[社名]七郎神社、[主祭神]七郎氏廣、十城別命、鴨一隼戸命

このように七郎神は、十城別命、鴨一隼戸命と一緒に祭られる傾向がある事が分かります。七郎神は五島列島北部の神社でも認められますが、主祭神でなく相殿になっています。

○[場所]小値賀島、[社名]神島神社、[主祭神]鴨一隼王(稚武王)、[相殿]十城別王、七郎氏廣公
○[場所]宇久島、[社名]宇久島神社、[主祭神]十城別王、[相殿] 菅丞相、氏廣公

このように見てくると、七郎氏廣が祀られているのは、港、島、海峡付近など海に近い神社である事が分かります。
そもそも、七郎氏廣、十城別王、鴨一隼(稚武王)はどのような経歴の神々なのでしょうか。十城別王と稚武王はともに肥前を巡幸された景行天皇の孫(日本武尊の子)で、兄の稚武王は上松浦明神と称された佐賀県唐津市呼子町の田島神社に屯し、弟の十城別王は下松浦明神と称された平戸島南端の志自岐神社に屯し、そこに祀られたとされます。田島神社は宗像三女神が、志自岐神社は志々伎神が主祭神ですが、どちらも古代海人集団の信仰対象だったと考えられます。皇孫系神を併祀したのは、朝廷権力による海人集団掌握の動きと関係し、併祀の時期は、記録のあり方からすると平安時代初頭以降の事と思われます。七郎氏廣は十城別王の部下とされていますが、平戸松浦氏の首邑であり港市でもあった平戸の中心的な神社の祭神の格付けとしては、やや低い感じは否めません。2013.4